ケンのリタイア生活@地方

年金月10万の地方住みシニアがリタイア生活を工夫で楽しく暮らします。

年に一度の紅葉狩りに母親と行ってきました。

こんにちは、ケンです。

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86歳になる母親が紅葉を見に行きたいというので、車で1時間ほどのところにある「仏通寺」に行きました。見ごろで人が多かったです。臨済宗仏通寺派の大本山です。渓流の中に建っています。ひんやりと肌寒いくらいでした。

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普段施設にいるので歩く機会が少なく歩くのが大変そうでしたが、いい散歩になりました。少し下ったところのお茶屋さんでお茶とおはぎを頂きました。確か750円くらい。とてもおいしかったです。母親はお茶とおこわを頼んでいました。これもおいしかったです。もう少し下ったところにそば屋さんもあったと思い、ただし休業もあり得るので交通整理の方に聞いてみました。そうすると「今はあそこは営業しとらんよ」と店の中から声が。私の声が大きいので聞こえたのでしょう。

おいしいおそばとうどんの店だったのに、そしてオンシーズンなのにどうして?と不思議に思いました。帰りはちょうど車でそこを通ったのですが、ちゃんと営業していました。えっ?

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わざとじゃあないかもしれません。とはいえ、せっかくのきれいな紅葉が少し色あせたような、そしておはぎがとてもおいしかっただけに「残念!」という気がしました。

兼好法師徒然草でも習った記憶が。調べたらありました

 神無月のころ*、栗栖野といふ所を過ぎて*、ある山里に尋ね入る事侍りしに、遥かなる苔の細道を踏み分けて、心ぼそく住みなしたる庵あり*。木の葉に埋もるゝ懸樋の雫ならでは*、つゆおとなふものなし*。閼伽棚に菊・紅葉など折り散らしたる*、さすがに、住む人のあればなるべし。

 かくてもあられけるよとあはれに見るほどに*、かなたの庭に、大きなる柑子の木の*、枝もたわゝになりたるが、まはりをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめて、この木なからましかばと覚えしか*

<現代語訳>

10月ごろに、栗栖野という所を通り過ぎて、とある山里に(人を)訪ねて分け入ることがあったのですが、遠くまで続いている苔の細道を踏み分けて(行くと)、わざわざもの寂しい状態にして住んでいる草庵があります。木の葉で覆われて見えなくなっている懸樋のしづく(水がしたたり落ちる音)以外には、まったく音を立てるものがありません。閼伽棚に菊の花や紅葉が折って(辺りに)散らばせているのは、そうはいってもやはり住む人がいるからなのでしょう。
こんな様子でも(住んで)いることができるのだなぁと、しみじみと思っていると、向こうの庭に、大きな柑子(みかん)の木で、枝がしなうほど(実が)なっているのですが、(木の)周りを頑丈に囲ってあったのは、少し興ざめして、この木がなければよかったのにと思いました。

 

  高校で習っときは「まあそうだろうな」くらいの感覚でしたが、この年になって「少しだけ兼好法師に近づいた」気がしました。

そんな一日でした。まだ終わっていないけど。それではみなさんのよい一日を!

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